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吉川さんの船旅の「帰り」。燕京号で神戸から天津へ。今回は船内の写真もいくつかありますので、より雰囲気が伝わってきます。
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日本での用事を済ませたあと、またまたなが~~い復路の船旅が始まりました。
神戸から天津に戻る船内は、中国人30人、日本人8人、西洋人16人という内訳です。
往路では「21人和室」を体験したので、今回は1000円多く払ってワンランク上の2等Aに変えました。「16人2段ベッド」という部屋です。
部屋の様子は写真でご覧ください。小さくてもプライベートの空間があると、大変ラクです。
同室はすべて中国人の女の子。研修生として、淡路島にある青果工場で3年間働いていたそうです。
「3年もふるさとを離れて寂しくなかったの?」と聞いたら、「毎週、中国の実家に電話をしているから大丈夫」と笑顔で答えていました。
彼女たちの服装は、どことなく、渋谷の109で買ったような流行の洋服でした。3年の間に、おしゃれに変わったようです。
2日目は快晴で、どこまでも続く海、綺麗な夕日を見ることができました。
しかし、3日間の船の旅は、やはり長いです。とくに2日目は、退屈に感じました。2日目に少し船が揺れたので、音楽を聴きながらじっとしていました。揺れが収まると、船の地下にあるサウナに向かいました。結構立派なサウナです。1日2回ずつ汗を流しました。
船内のロビーは3階建てで、地下には卓球室やサウナもあります。
ラウンジで隣になった西洋人とおしゃべりをしたので、英語の練習にもなりました。
8人で船に乗っていたアメリカ人のシニアのグループは、バイクで旅を続けているそうで、釧路から神戸までをまわったあと、中国、ロシアを通ってドイツまで旅をするそうです。ワシントンに住むニコラスさんは、これまで南アフリカや南米など各地をバイクでまわっていたそうで、トルコとアルバニアの確執についてや、旧ユーゴスラビアの情勢など、渋い話を沢山聞かせてくれました。
また、会社をリタイヤされた63歳の日本人の男性もいました。ひとりで1ヶ月かけてシルクロードを旅すると、うれしそうに話してくれました。いろいろな出会いがあった3日間でした。
たまには良いかな船のたび。
時間のある人、旅をゆっくり楽しみたい方、そして荷物が多い場合にはお薦めです。
ただし、食堂の食事がどうにもこうにも美味(おい)しくないので、多くの人はカップラーメンやパンなど、食料を持ち込んでいました。あと、熱湯が出るので、水筒などを持っていくと役に立ちますよ。
(写真は、中国式の朝ごはん。おかゆ、マントウ、煮卵、ソーセージ。2日分が無料で提供されます)
(吉川すみ)
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こんな「北京への道」があるとは、思い付きませんでした。
さて、吉川さんからは、四川大地震に対する「北京での反応メモ」も届きました。
・北京で地震を感じた人もいれば、感じなかった人も。高層ビルのオフィスでは避難した人も。 ・テレビではずっと特別番組が。新聞紙面も地震でいっぱい。 ・北京は全国各地の出身者が集まる街。関心は高く、(労働者も多い)近所の小売店ではテレビ報道に人が集まっていた。 ・四川出身の友人は、市の中心部で震源地から距離があったので、家族も安全だった。電話も通じた。 ・ふだんはほとんど地震が起こらないので、避難訓練を見たこともなければ、耐震構造もほとんどないのではないかと心配。 ・私も今のマンションの避難経路を確認したが、大変入り組んでいるので、逃げられるか不安。
読売新聞社と読売光と愛の事業団は5月14日から1か月間、(ミャンマーを襲ったサイクロンの被災者救援も併せて)募金を受け付けています。→こちらをご覧ください
(メディア戦略局取材チームキャップ・荒井博樹)
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