今でこそ一端の大阪人のふりをして取引先相手に「まいど」とか言っているけれど、大学までは東京で暮らしたのだし、わざわざ格好つけて日比谷だの銀座だのまで電車を乗り継ぎ、映画を観に行っていたのでしたが、そういう街の、映画館近くの喫茶店というのはなんだかとても祝祭的な場所で、あちこちのテーブルから観おわった映画について感想を交換しあう、少し熱を帯びたささやきが聴こえたものでした。
どんな場面が美しかったか、ドキドキしたか、どの台詞にじーんときたか、そういう些細な感想を口にし合って映画を追体験し、自分のなかに定着させていくのは楽しいものです。
翻って、読書というのは孤独です。
ひとりでしか読めないし。でもやっぱり誰かにこの感想を伝えたい、そして相手がどう読んだのかを訊いてみたい、そういう本に出合ってしまったことはありませんか。
書店で働く僕たちにも、誰かと感想を分かち合いたい本があります。
試みに近所の本屋をのぞいてみてください。そこの書店員さんがココロをこめた手書きPOPが見つかるかもしれません。
閑話休題。森絵都の直木賞受賞作『風に舞いあがるビニールシート』は短編集ですが、冒頭の一篇にこんなことが書いてあります。
「ここにたしかな幸福がある。手を伸ばせば誰もが簡単に触れられる。(中略)努力も我慢もいらない。投資も貯蓄もいらない。学歴も資格もキャリアも関係ない。このわかりやすい小さな幸福を弥生は信奉した。」
ここで言及されているのは主人公が勤めるショップのオーナーが作るケーキですが、このくだりを読んで本というのも一緒だな、森さんはご自分の仕事のイメージを重ねているのかもしれないな、と思ったのでした。
かつて新潮文庫に「想像力と数百円」というコピーをつけたのは糸井重里でしたが、本当に単行本でも千数百円、文庫本なら数百円もあれば「たしかな幸福」を手に入れるチャンスが転がっているのです。
だから、本屋さんへ行こう!
(紀伊國屋書店梅田本店 星真一)
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