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何が凄いといってこれほど自作の注解が凄いものはないでしょう。本文そっちのけで引用します。
“室生犀星の書斎には、中野重治、窪川鶴次郎、堀辰雄らが出入りし、別格として平木二六がいた。
のちに芥川龍之介に逢った折のことであるが、堀について、「あんなものは知れている」と私が口に出すと、龍之介は、「いまに良くなるよ」と弁護するように云った。
はたして堀辰雄は良くなり、偉くなったのでもあろうが、私には彼は依然として花屋であり、猫かぶり作家である。
この点は伊藤整に酷似している。一方が東京下町の花屋さんで、他方が北海道好みの植木屋さんであるだけの相違である。”
凄い毒ですね。吹きかけてきます。
文学史上に燦然と輝く堀辰雄と伊藤整もタルホ氏にかかれば花屋さんと植木屋さんです。
ちなみに芥川は、批評会でさんざんに言われているタルホ氏を弁護したりもしていてかなり紳士のようです。
滝田樗陰が中央公論の編集長をしていた頃、彼の御眼鏡に適わなかった作品があった。
タルホ曰く。
“自分にとって樗陰の云うことに従う要は更になかった(略)。妥協するくらいならこんなものを最初から書きはしない。
「編集者などは一切かまわずに、我が道を行こう」との決断を新たにするきっかけになった作品である。
「非常に現代的な芸術も、それを作る人間がそれを理解した時にはもはや現代的ではなくなる」(マックス・ジャコブ)
「新しい芸術作品に社会的保証が与えられた場合、その芸術作品は文化現象に堕してしまう」(私の意見)”
フランスの画家であり詩人のマックス・ジャコブの引用につづいて(私の意見)ときた。どうだろうこの目出度い感じは。
足穂氏の勢いはまだまだ止まりません。色々な人がとばっちりに遭います。
“神戸新聞学芸部の青木重雄が、「もし、あなたの文学碑を建てるという動きがあったら、御意見はいかが?」と私に訊ねたことがある。
どんな場合にせよ、その種の企ては一切ごめん蒙る。
作品という記念碑があるのに何を好んで愚劣な石をわざわざ立てるのか?
文学者にはその一作一作が葬式であり、それぞれが墓石である。
故郷を、親きょうだいをとっくに売払った筈の文学者(リベルタン)が、今さら何の墓か?”
潔い。さすが孤高のリベルタンだ。そう賛美しようとしたところ……
“しかし先方が勝手に建てるのなら仕方がない。こちらは一切関係しないから。
そういう前置きで、只自分の想像上の愉しみとして云うならば……。
それは四角い黒大理石で、「キネマの月云々」を彫って貰いたいこと、それにはローマ字を使用すること、場所は旧トアホテルの近辺であること。
何故なら(略)―私はそのように答えた。”
どうです? 本当はすごく記念碑建てて欲しいのがばれてしまっています。
先生はこんなにも偏屈ですが、彼の名誉の為にその実とてもお茶目だ、ということがわかる部分を引用します。
ある時電車のなかでちょっとした事件に巻き込まれて手帳をなくしてしまったときのこと。
“長いフォームを引返しながら頭の毛を引き毟ったところ、面白いほど指先に絡まってきた。何十回も力をこめてやってみた。
こうして、もともと細い柔らかな毛ながらも百日鬘のようだった私の頭は、素地が見えるようになってしまったのである。
即ち誰かが云うように、ヒヨコを水に浸けて引き上げたような有様に成りはてたのである。”
はげちゃぴんですね。名誉のつもりが寧ろ不名誉でしたが。
褒めてくれた人には「見どころのあるやつだ」けなされた人には徹底した悪口。この不遜さはどうだ。
私はこういう嫌われ者がいたって好きであります。
最後に作中の気に入った部分の引用で締めたいと思います。
“―妹ばかりではない。気がつくと父も真裸であった。
ところが自転車のサドルにまたがった私は、自分の股の辺がへんなので注意すると、いつしか自分自身が衣服をかなぐり棄てていた。
パンツすらつけていないではないか!が、これはこれでよい。” (『電気の敵』より)
出版社:筑摩書房(文庫) 書名:稲垣足穂コレクション2、3(ヰタ・マキニカリス 上・下) 著者:稲垣足穂 萩原幸子 定価:各998円(税込み)
(ジュンク堂書店新宿店・石川春菜)
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