鈴木光司さん 作家すずき・こうじ=『楽園』で作家デビュー。『リング』シリーズが計800万部のベストセラーとなり、ハリウッドで映画化。欧米を中心に講演活動を行うほか、政府の諮問機関「少子化への対応を促進する国民会議」委員を務める。著作が世界20ヶ国語に訳されている。最新刊『なぜ勉強するのか』(ソフトバンククリエイティブ)
藤原正彦氏の著作は、偉大な数学者の伝記から日常生活を扱った軽妙なエッセイに至るまで、すべて面白い。数学者の伝記類は読んで参考になり、家庭を舞台にしたエッセイは楽しく笑わせてくれる。同じ物書きとして、書き言葉でこれだけ笑わせるセンスには脱帽させられる。
「ユーモアのある文章を書ける人間には才能がある」というのがぼくの持論だ。ホテルのラウンジで読み始めたのがいけなかった。『父の威厳 数学者の意地』の中である文章が目に入るや、口に含んでいたコーヒーを思わず吹き出してしまった。
中学高校時代にサッカー部員で鳴らした藤原氏は、ことあるごとに、若かりし頃はスポーツ万能であったと妻や子どもに自慢する。ところが最近、妻と連れ立ってテニススクールに出かけ、妻が上級コースで自分が中級コースの腕前と認定される辱(はずかし)めを受けるや、「テニスなどに手を染めず清い身体のまま死ねばよかったとさえ思った」と感想を漏らすのである。
氏特有の誇張、本領発揮である。ぼくは、図らずもホテルのラウンジでコーヒーを吹き出し、ひとりケタケタ笑い転げる醜態をさらしてしまった。藤原氏の本など読まず清い身体のまま死ねばよかったとさえ思ったぐらいである。
大ベストセラーとなった『国家の品格』は、講演録を骨格にしたものらしいが、こんなおもしろい話を聞いて講演会場は爆笑の渦に包まれたのではないかと想像がつく。ただひとつ気になったのは、「論理ではなく情緒」という氏の主張である。ぼくは逆だと思う。欧米人に向かってこう言うのならわかるが、日本人に必要なのは徹底的に論理的に考える態度であると信じて疑わない。
大切なのは、情緒ではなく論理。拙著『なぜ勉強するのか』(ソフトバンク新書)の中でその根拠を展開しているので、両者読み比べてみるとおもしろいかもしれない。
出版社:新潮社書名:父の威厳 数学者の意地著者:藤原正彦定価:540円(税込み)
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