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書店員のオススメ読書日記

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Izumipf_6  泉麻人さん  コラムニスト・気象予報士
いずみ・あさと=「週刊テレビガイド」等の編集に携わった後、フリーコラムニストとして独立。「新東京23区物語(新潮社)」「東京検定(情報センター出版局)」など著書多数。2007年3月に「東京版アーカイブス(朝日新聞社)が刊行された。

 読んでいる本のちょっとした一節から、興味の枝が妙な方向に伸びていくようなことがある。今回はそんな話だ。

 週刊文春の小林信彦さんの連載エッセイに、谷崎潤一郎の『瘋癲(ふうてん)老人日記』の話題が取り上げられていた。今でいう“脚フェチ”の気がある老人が、息子の嫁に入れあげて変質的な行為に及んでいく過程が日記形式で綴られたもので、30代のころに読んで面白かった……という印象は残っていた。久しぶりに読み直してみると、忘れていた……というより以前は見落としていた描写の諸々(もろもろ)に、あらためて刺激を受けた。

 日記は、永井荷風の『断腸亭日乗』のパロディーといった仕掛けが施されており、昭和35年の夏から冬にかけての天候、時事などがかなり忠実に織り込まれているので、一種の“近過去史”として読んでも楽しめる。いわゆる「60年安保闘争」についての言及、この時期に人気がブレイクしたプロボクシング、主人公の老人はすでにコカコーラを愛飲し、今ならばアダージョ(艶女)やコマダムの呼び名が似合うアソビ好きの嫁は、早くもシンクロナイズド・スイミングにハマッていたりする。Mで脚フェチの老人が、好みのS系悪女についてつづる描写で、フランス女優のシモーヌ・シニョレとともに「炎(ほのお)加世子」なる女優の名が出てくる。

 「近頃評判ノ炎加世子ノ顔等モソウダ。」炎加世子……僕は、この女優を知らなかった。インターネットで検索してみると、彼女はこの時期何本かの作品に抜てきされた新人のようで、渋谷のTSUTAYAに足を運んでみると、出演作のうちの1本『太陽の墓場』(監督・大島渚)のDVDがあった。昭和35年8月公開の松竹映画だから、ほぼこの日記のころの炎加世子の姿が眺められることだろう。

 映画は当時の大阪のドヤ街が舞台で、炎加世子は“血液銀行”(売血屋)の客引きをするズベ公に扮している。ポニーテールを結って、ハヤリのマンボ調ファッションを着こなし、「ほなウチ、ここでバイするぜ」などと、荒っぽい関西弁を喋っている。肉感的な口唇に、ややつり目がちの眼をしたその顔は、その後の時代でいうと中村晃子、あるいは高沢順子あたりをちょっと連想させる系列だ。今の女優ではあまり思い浮かばないけれど、リバイバル版でも作るなら、沢尻エリカあたりが起用されるのかもしれない。彼女を取り巻く“ヤンキーの原点”みたいな男たちに、川津祐介や津川雅彦、佐々木功らが扮している。

 ま、ともかく、映画に興味を持った方は、DVDでじっくりと眺めてみてください。あの巨匠・谷崎は、こういうタイプの女性が好みだったのか……。『瘋癲老人日記』の魅力がよりいっそう膨らむはずだ。

Photo_370出版社:中央公論新社
書名:瘋癲(ふうてん)老人日記
著者:谷崎潤一郎
定価:660円(税込み)

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