鈴木光司さん <作家>すずき・こうじ=『楽園』で作家デビュー。『リング』シリーズが計800万部のベストセラーとなり、ハリウッドで映画化。欧米を中心に講演活動を行うほか、政府の諮問機関「少子化への対応を促進する国民会議」委員を務める。著作が世界20ヶ国語に訳されている。最新刊『なぜ勉強するのか』(ソフトバンククリエイティブ)
小学校5年の夏休みも終わろうとする頃、宿題の読書感想文を書こうとして、なかなか読むべき本が決まらず、とうとう8月31日のタイムアップを迎えてしまった。もはやこれまでと諦め、ぼくは5歳年上の兄が書いた読書感想文を丸写しすることでその場を凌ごうとした。
当時高校1年生であった兄は、課題図書中もっとも短いという理由で、武者小路実篤の『友情』を選び取り、すでに感想文を書き終えていた。ぼくは兄に無許可で、こっそりと兄の原稿を写していった。小学校5年生の読書感想文に高校1年生の書いたものが混じれば、その差は歴然、先生にバレやしないかとビクビクしつつ……。
しかし、それは杞憂と終わった。2学期が始まり、採点を終えて戻ってきた作文は、5点満点中の3点。写させてもらって、文句を言えた筋合いではないけれど、兄の文才のなさにはほとほと呆れるばかりだ。その後、高校1年になって初めてぼくは『友情』を読んだ。もちろん、夏休みの読書感想文をこなすためである。
しかし、これが案外におもしろかった。尊敬している友人に恋人を奪われてゆくストーリーは、現代風に描けばなよなよしくなるところだろうが、これが実に純粋で、力強い。特に、失恋の痛手を仕事へのエネルギーに変換し、それによって友を見返すんだという姿勢からは、多くを学んだ。
高校時代、ぼくは女の子にふられるたび、「この悲しみをバネに偉大な人間になるんだ」と自らを鼓舞したものだ。大学時代に1回と今回とで、合計3回『友情』を読んだことになる。夏になると読み返したくなるのは、最初の体験が尾を引いているからだと思う。
それにしても、臆面もなく愛する人を持ち上げ、褒めちぎり、鼻白むほどの勢いで理想を語る主人公たちの清々しさよ。若い人たちにはぜひ読んでもらいたい1冊である。失恋の痛みを内に向けてストーカーとなることなく、より高みへと登るためのエネルギーに昇華させるべし。
出版社:集英社書名:友情;初恋著者:武者小路実篤定価:380円(税込み)
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