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こちらの方から関西(ひとくくりにしていいのだろうか)をみると、やはり異境のような感じがする。
長い歴史と人間の澱(おり)がたゆんでそうな感じである。
人の情けも「とろり」としていそうだ。
そういえば、芝居の「心中物」も大坂からの出が多い。「曽根崎心中」とか。
からりとした江戸での心中物なんてあまり絵にならない。
水道の水で産湯をつかう江戸っ子が「井戸へ一緒に飛び降りよう」なんていっても「すぐ底についてしまう」とは、今は亡き杉浦日向子の弁。
難波利三は「てんのじ村」(読む前ずっと「てんじの村」だと勘違いして、点字の話だと思っていた)など、大阪芸人を書かせたら、まず右にでる者はいないであろう。
東の吉川潮、西の難波利三。文章の冴えよりもそうだが、嫉妬や焦りをここまで清々しく書く人もまれである。
土地柄なのか、東京だとどこかばっさりしているが、やはり大阪、という感じだ。
表題作はもとより、最後の「落ち目の芸人と一輪車」の話は、ただただ、しんみりしてしまう。
どの短編も一幕物だが、その続きを読みたい気もするし、このまま終わらせても良いとも思い、ただただ、迷う。
嬉しい迷いだ。
他にも大阪芸人、忘れてはならない大立者、笑福亭松鶴(鶴光、鶴瓶のお師匠さん)。
こちらも飛脚でもないのに、早々と冥土に行かれてしまった、中島らも「寝ずの番」(角川文庫)があった。
映画(長門裕之絶品!)もシモで笑ってしまったけれど、面白うてやがて哀しきなんとやら。
どの話も身にしみる。
(大盛堂書店 山本亮)
出版社:たる出版 書名:奇芸人がゆく 著者:難波利三 定価:1,575円(税込み)
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