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 1000ページ超の翻訳小説。しかも著者は現代アメリカ文学の最重要作家のひとりで、博覧強記のリチャード・パワーズ。
こう聞くと読むのに骨の折れる小説か、とお考えになるかもしれないが、それでもこの本を今回紹介させてもらうのは、これまでのパワーズ作品と比して圧倒的に読みやすい作品になっているから、そしてなによりも読書にかけたその時間すら愛おしくなってしまうような仕掛けが用意された、読んで絶対に満足できる一冊だからだ。
亡命ユダヤ人物理学者の父、黒人で歌手を志す母。天才的な歌声を持つ長男、兄の音楽を支え続ける弟、音楽を捨て黒人過激派運動に関心をむける妹。『われらが歌う時』は、音楽を縦糸に、人種問題を横糸につむがれる、あるアメリカの家族の長大なサーガである。
夫婦の結婚から、時を何度も前後しながら語られる物語の一側面は、音楽による自己実現の過程である。コンサート歌手としては身を立てられなかった母だが、それでも家庭は音楽であふれ、子供達にとって素晴らしい教育環境となった。子供のうち二人は音楽学校に入学した。長男のジョナが自身の才能一本で白人が支配するクラシック音楽界に切り込んでいく様は痛快である。
一方で、そんな彼らを常に制限するのが人種問題だ。母親は黒人であるがゆえ音楽学校に入れなかった。どんなに歌唱の才能が評価されるにしても、「黒人歌手」の枕詞がつく。さらには黒人であるのに白人の真似事をしているという非難…。白人男性と黒人女性のカップルは並んで外を歩けないし、家族からも結婚を理解されない。
エメット・ティル殺害事件やロス暴動などの史実も挿入され、著者の膨大な知識によって活写された半世紀にわたる物語は、アメリカの人種問題を我々にも追体験させるに十分な分量をもって迫ってくる。溢れる音楽の才能が拓く可能性と、黒人であることで科される制約。これだけでも十分魅力的な物語なのだが、しかし何よりも圧巻なのは、この「色」と「音」をどのように理解したらよいかについての解答が、「時間」を越えてすでに提示されていたことに気付かされる結末部分だろう。
物理学者の父が物語を通してずっと追っていた時間の問題。「時間は流れない。今という瞬間は連続的に継起しない。ただ単に存在するだけだ」という父の言葉。物語の結末を受け入れるにはこの言葉を受け入れるしかない。すると、これまで描かれてきたシュトルム一家の物語の細部が、1000ページに及ぶ読書体験のすべてが、一瞬のうちに蘇ってくる。胸を熱くせずにはいられない。
この小説を読みきるには確かに時間が掛かるかもしれない。けれど物語の最後に、時間というものの存在の大きさを実感できるとするなら、読者が物語にかけてきた時間までもが、演出の一部になっているのではないかという気さえするのだ。
(リブロ港北東急SC店 藤原美紗子)
出版社:新潮社 書名:われらが歌う時 上・下 著者:リチャード・パワーズ 定価:各3,360円(税込み)
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受信: 2008年11月16日22時05分
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