物語のテーマは「喪失」。冒頭で主人公の茉莉は、十歳にして決定的なものを失う。 両親も、幼なじみも、その後出会う男たちも満たすことのできない、心の底なしの穴。 それは「傷」というありきたりの形をとらないし、「悲しみ」というわかりやすい感情におさまることすらない。とほうもないうつろ、名づけようのないからっぽ。 茉莉はそれを埋めようとあがいたりしない。誰かに、何かに救いを求めたりもしない。 ほんの子供なのに、彼女はその喪失感とともに生きようとするのだ、超然として。 幼なじみはそのうち世界を放浪し始める。たくさんの男たちは茉莉と恋に落ちるけれど、現れては消える。両親だって、いつまでも彼女と一緒にいてはくれない。 いちばん最初のいちばん大きな喪失だけが、たえず茉莉に寄り添い、話しかけ、手を伸ばせばそこにいる。それは執着や妄想といったネガティブなものではない。茉莉が生き生きと歩み続けることで、失われたものは呼吸し、あたたかみを持ち、命あるものと同等の輝きを帯びる。 人は、これほどの喪失を抱きながらも、生きていける。その力に、読者は圧倒されるだろう。 この茉莉の人生に伴走する、辻仁成著の『右岸』も同時発売。合わせて読めば、その川は幅広さ、深さを増す。
(青山ブックセンター六本木店 間室道子)
出版社:集英社書名:『左岸』著者:江國香織定価:1,785円(税込み)
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