ソングライン。それはオーストラリアの大地に縦横無尽に走る、目に見えない道だ。アボリジニの人々は、通るべきルート、目印になる山や巨石、忌避すべき場所などを歌で表し、歌いつぐことで後世へ残していった。それは今も続いている。
そんな話に魅せられ、この地を旅したイギリスの紀行作家、ブルース・チャトウィン。
北田絵里子の新訳が素晴らしい。そして彼女は訳者あとがきで興味深いことにふれている。「チャトウィンは目を引く容貌の持ち主だった」「男女を問わず多くの人間を虜にした」。 ここを読んで、アゴタ・クリストフと、彼女の「悪童日記」三部作のことを思い出した。
来日時の講演会で「主人公である双子の男の子が大変に美しいという設定ですね」という問いかけに対し、クリストフはこう答えた。「彼らは身内にかまわれず、村を放浪して一日を過ごします。孤児同然で貧しく、子供なので弱い。そのうえ時代は戦時中です。そんな中で、美しいということは彼らに大変有利に働きました。美しさは、生き延びるための唯一の武器でした」。
自ら望んだ放浪か否か、大人か子供か等の違いはある。しかし、見知らぬ土地へ身ひとつで踏み込み、その中で生きて行く切実さが、フィクションの双子と現実のチャトウィンにはある。チャトウィンは少なくとも、作家という身分も英国の一流企業で働いていたという過去も、削ぎ落としたような旅をした。
バイセクシュアルだったチャトウィンは、その美しさゆえに行く先々でたくさんの見知らぬ人たちに親切にされる。しかし、感謝の笑みをうかべながらチャトウィンは、より一人になれるところへ旅立つ。この矛盾、この孤高。
見えない道を見つめ、聞こえない歌に耳を傾ける。 そんな作家の残した、世にも美しい紀行文学がここにある。
(青山ブックセンター六本木店 間室道子)
出版社:英治出版書名:『ソングライン』著者:ブルース・チャトウィン定価:2940円(税込み)
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