本書を読んで、松本大洋の漫画『ピンポン』に出てくるスマイルを思い出した。
スマイル(この子は笑わないので、こう呼ばれている)は「人に勝ってしまうのが怖い」という独特の感性を持った卓球少年だったが、自分の強さに覚醒し、次から次へと相手を容赦なく粉砕していく。そこには「この試合の勝ち負け」を越えて、相手に「もうラケットは握るまい」と思わせるほどの非情さがあった。彼と対戦した後、卓球界から足を洗う選手が続出する。
あこがれられたり慕われたりするうちは「天才」とか「スター」であって「王」ではない。王は民びとに恐れられるものだ。
本書『あるキング』にも、怪物が出てくる。打席に立てば必ずホームランを打ってしまう男。もちろん彼一人では試合には勝てない。だが野球には「個人タイトル」というものがある。“「新人王」、「打撃王」、王はバットを持っている”、という名セリフが出てくる。
こんな人物があらわれたら、周囲は二つに分かれる。あがめる者と、憎む者。
盲目的に彼につくす者が出る一方で、相手チームからは敬遠という手がとられる。味方からはやっかみを受け、試合に出してもらえなくなる。
しかし、「いったん出ればこいつが最高なのだ」ということの動かしがたさ。彼から打つことを奪った側のばつの悪さはどれほどふくれあがることか。罪悪感というのは、抑制するどころか犯罪に踏み込ませることもあるのだと、読者は知る。
この青年をさすのに、なぜか「主人公」という言葉は使えなかった。彼はすごさを見せつけるたび、どんどん透明感を増してゆくのだ。読者に残るのは、大衆の困惑、ぶざまさ。伊坂幸太郎が描きたかったのは、こちらではないか。
王の悲劇は、民衆の愚かさの悲劇である。
(青山ブックセンター六本木店 間室道子)
出版社:徳間書店書名:『あるキング』著者:伊坂幸太郎/著定価:1260円(税込み)
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