この本を読みとく鍵は、後ろに収められている“平凡社ライブラリー版「あとがき」にかえて”という書き下ろしの文章にある。
卓球少年だった堀江はこう書いている。「卓球のすばらしさは、勝敗を決することではなく、実戦のなかでしか成立しないラリーに生じる一瞬の、奇蹟的な輝きにある」。
表題作であり処女作となった、ユルスナールについての卒業論文「書かれる手」をはじめ、須賀敦子、長谷川四郎、クンデラ、田中小実昌、金井美恵子etc、若き日を中心として、堀江の心をとらえた、いささかというか、かなり偏った作家「論」が横に並んでいる。単なる「好みだから」ではすまされない、取り上げ方のせっぱつまったかんじが、ひたむきさが、ここにはある。
対象を流暢に読みこなし、作品の対岸に自論を起立させるのが「論文」であるなら、この本はそうではない。「論」を立たせるために作品を組み伏せることが必要なら、この本はそうではない。
これは書かれた本と、それについて書く堀江との、ラリーなのである。
ラリーが技術の拮抗から生まれることを考えると「大学を出たての若造が作家たちと互角に渡り合えるものか」という方もいるだろう。しかし相手は本人ではなく「本」なのだ。ある年齢ならではの挑み方があるだろうし、いつでも閉じて熟考ができ、相手を待たせるプレッシャーはない。思いついたら開いてまた始められる。そこに、自由さがある。
堀江はいつでも本に駆け寄り、何かをつかむと離れて書く。その波のようなリズムが、収録作たちに古びない運動をもたらしている。伸びやかで、きまじめで、きらりと光る。
取り上げている作家の偏りぶりからもうかがえるように、ここに書かれているのは、「ユルスナール」や「金井美恵子」ではなく、最終的には「堀江敏幸」なのだ。本を書こうとして、本に書かれている。それが、読む人の楽しみになる。これを「奇蹟」といわずして、なんというだろう!
(青山ブックセンター六本木店 間室道子)
出版社:平凡社書名:『書かれる手』著者:堀江敏幸定価:1260円(税込み)
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