物語の最初から主人公が消えてしまって出てこない、という手法で書かれた作品がいくつかある。ではどうするかというと、周りの人々がその「いない人物」をどう見ていたか、その噂、その記憶などを描くのだ。それでラストに渦中の人物が、読み手の中にふわりと浮かび上がる。
松井今朝子氏はこの書き方をとくいとする作家の一人だ。今回描かれたのは三遊亭円朝。いまだに語り継がれる伝説の落語家である。
歴史上、「語りの名人」はいくらでもいるのに、それについての小説は驚くほど少ない。でも仕方がないのかもしれない。人物と同じくらいの「物語る力」がないと、「あの名人のお話なのに、たどたどしい」と言われてしまうのだから。
本書はタイトルどおり、円朝の女たちの物語なのだが、まずその選び方にうなる。若かりし頃の想い人、くろうと芸者、彼の子供を生んだ女、正妻、そして「円朝の娘」。五人の女たちと天才落語家のいきさつやてんまつを、弟子が回想し語ってゆく。粋でのびやかな口調、込められた情感、名人の芸のすごみなど、思わずつりこまれる。
読後は、せりあがってくるはずの円朝像より、それぞれの女たちの生き様が強く印象に残る。しかし、彼女たちの人生は、ひとりの男の放つ光の先にあった。光には実態はないが、照らし出されたもののあざやかさ、艶めき、落とす影の色合いに、光源の懐の深さを思い知ることだってあるのだ。
松井今朝子氏の新たな代表作。
(青山ブックセンター六本木店 間室道子)
出版社:文芸春秋書 名:円朝の女著 者:松井今朝子定 価:1,500円(税込み)
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