世の中にあるすべての本を読むことはできない、と思いつつも「今までこの作家を知らないで生きてきてしまったのか!」と猛反省をすることがある。この場を借りてお詫びしたい。ごめんなさい、新井素子さん。
新井さんといえば「SF」もしくは「ファンタジー」でくくられてきた作家であり、“そういうジャンルって、宇宙を端から端まで走るとか太古から未来まで時空を越えるとかしていても、人の心の深みは書けてないんじゃ?”という先入観を持っているみなさん(そして過去の私)、今すぐ捨てましょう。この本は、ぶっ飛びものです。ベラボーに面白いです。
大学生の澪湖(みおこ)は、ある日叔母の和(やまと)にかすかな違和感を抱く。「この人は、今まで私の知っていた人と、同じ?」
まったくの別人が叔母だと言い張っているとか、見かけは同じだが性格がまるで違ってしまったとかなら、澪湖は自分の「正常な」世界に立ち、戦いようがある。しかし、見かけもなかみもこれといった変化がないのに、どこか、ずれている。わずかな、奇妙さがある。糾弾する切り札のないこのひずみは、澪湖自身の足場を揺るがしていく。
たいていの小説では「悪いこと」が起きたとき、「あの人のせいで」という落としどころに向かう。本書では人をねじまげていくのは「誰か」ではなく「関係」だ。娘と叔母の関係が母を狂わせ、夫と娘の関係が妻を狂わせ、叔父と叔母の関係が姪を狂わせるetc.、誰が悪いと言えないのに、世界はこんなにも歪んでしまった。これほど恐ろしい話があるだろうか。
新井さんはこれをあくまで軽快に、さわやかに書いていく。やわらかな毒のように。怖い小説だが、きっと誰もが思い当たることがある。その自家中毒にも似た痛みは、私たちの見ず知らずのものではなく、すでに持っていたものなのだから。誰も苦しみたくはない。でも<まったく無傷の人生>、それがどれほどのうつろか本書は教えてくれるだろう。
人と人とが出会い、生きるというのは、苦痛をわかちあい、前進することだ。完璧な人生の覇者ではなく、記憶の中の愛おしい、傷だらけの人に向かって、わたしたちは言うのだ。もいちどあなたにあいたい、と。
(青山ブックセンター六本木店 間室道子)
出版社:新潮社書 名:もいちどあなたにあいたいな著 者:新井素子定 価:1,575円(税込み)
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