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警察小説やクライムサスペンスの名手・佐々木譲さんにしか書けないもの―それは「哀切」だ。
数年前「切ない小説ブーム」というのがあり、ちょっとさびしいものから号泣小説まで、なんでもかんでも感想や帯に「切ない」という言葉がつかわれていて、キーッとなっていたのだが、みなさん「切ない」の定義はなんだと思いますか?
私が最もナルホド、と思ったのは、誰かのエッセイだったか小説だったかに出てきた、「自分の手で、自分の希望を放さねばならなくなったとき。それは切ない」というもの。他人の手でもぎとられれば、それは「怒り」や「憎しみ」や「絶望」になるが、自分の希望を自分の手で捨てる。これは、切ない。
本書は『廃墟に乞う』で直木賞受賞後の、第一作。逃避行の物語である。
ロシアからやってきた、美貌の復讐者。マフィアの息のかかった彼女は、六本木でヤクザの兄貴分を殺す、という目的を果たす。この女を祖国まで逃がしてやることになった、日本人の男性ガイド。最初は脅迫されしかたなくだったが、そのうち「引き受けた客は、ぶじに帰りの便に乗せるまで、面倒を見る」というプライドのため、手を貸す。彼らを追うヤクザと警察。
成田、つまり飛行機はつかえない、となったふたりは、車で新潟へ向かう。新潟は北海道についでロシアとのビジネスが盛んな土地。彼女の仲間がいるのだ。
しかし、多くの映画や小説にあるように、逃亡者には値段がつく。
面子をつぶされたヤクザと女を送り込んだロシアンマフィアは最初、醜い言い争いをするが、全面戦争に突入するほどお互いバカではない。そこで両者は、取引の道具に逃亡者たちを利用する。女を守ってくれるはずの後ろ盾は、いつしか油断のならない存在と化す。新潟からのルートもつかえなくなった男と女はフェリーで稚内へ・・・。彼らは逃げ切れるのか?
ラスト近くで、女が男に対してとっていた、小さな、奇妙な行動の理由が明かされる。これが悲しい。小説を深めるのは大きな仕掛けではなく、こんな小さな秘密や謎。それがぽつんと明かされたとき、そこからみるみるうちに隠された心が滲み出し、物語全体を覆う。
佐々木譲さん一流の深い深い切なさが、堰を切ってあふれだす。
(青山ブックセンター六本木店 間室道子)
出版社:角川書店 書 名:北帰行 著 者:佐々木譲 定 価:1,890円(税込み)
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