私事で恐縮だが、年少の頃から東武伊勢崎線沿線に住んでいる。
上り終点の浅草は、学校や勤め先の地域から外れるが、折に触れて行くことがある。しばらく電車に乗り北千住から細切れの様に各駅を経て、業平橋を過ぎると隅田川が見えてくる。鉄橋の柵は車窓からの眺望に配慮し低く造られ、おかげで両岸の桜並木や川面の水景が眼に心地よい。そして、ゆっくり川を渡り終えると、松屋デパートのお腹に電車は吸い込まれていく。
以前紹介した浅田次郎の「月島慕情」(文春文庫)の表紙絵は、ありし日の東武浅草駅と松屋デパートが入るビルである。現在一部を除いて外壁がすっかりパネルに覆われ、当時の面影を偲ぶことは難しい。そのたもとにあった著者の生家である旅館は、戦前まで盛業であった。
本書からかつての昭和初期の浅草の風情が浮かびあがる。川端康成が遊び、池波正太郎が生まれ育ち、随一の興行街六区では、喜劇役者エノケン、ロッパが競い合う・・・。浅草はまさしく様々な『殿堂』。意気盛んな大人達の足元を、すり抜けていった著者がうらやましい。
昭和二十年三月十日の大空襲の時、浅草寺の五重塔が燃え上がるさなか、著者は松屋の三階の一点に火が入るのを見た。
それはおそらく、古きよき東京下町の終わりでもあったのだろう。
出版社:論創社 書 名:浅草東仲町五番地著 者:堀切利高価 格:2,100円(税込)(大盛堂書店 山本亮)
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