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書店員のオススメ読書日記

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           『後藤さんPhoto_3のこと』を書いた円城塔さんのことについては、文系読書好きの皆さんなら誰しも、何らかの語りたい欲望を抱くことだろう。円城塔という、高く厚い壁に立ち向かい、何がしか気の利いたコメントを発したくなるに違いない。容赦の無い理系用語の頻出や、SF的ガジェットの数々、嘘か本当か分からない架空の人物や
作品、あるいは学説の釣瓶打ち…。難解と言って、これほど難解な作家は近年珍しい。結局、何だったのか、何がやりたいのか、何が言いたいのか、そもそも何故、こんな作品を書くのだろうか…。そうしたある種の挑発が、麻薬のように愉楽へと変わっていくのが、円城体験の魅力であるといえる。
   
   『後藤さんのこと』と題された、中短編集である本書もそうだ。
   後藤といえばわれわれは無論、ベケットのあのゴドー、すなわち〈ゴッド=神〉を連想してしまう。文系読書好きの皆さんなら、誰しも。そうでもない、というムキにはご容赦いただきたいが。

 実際、表題作である「後藤さんのこと」は、要約すれば〈後藤さん一般についての考察〉であるといえる。つまり汎後藤論なのであり、もし世界が後藤さんだったら、という、これはお噺なのだ。後藤の項には何でも代入可能であり、事実後藤ではなく伊藤でもよかったらしい。となると、神でもいいわけであり〈後藤=神〉説はあながち牽強付会な言葉遊びでもないといえるだろう。

 とにかくシュールな設定が、数々のユーモアを導く。赤や青のカラーフォントで色分けされた、数種類の後藤さんが登場する。本書は、一種の実験小説でもある。読後、われわれは周囲に、後藤さん的なものを思わず探し出してしまうだろう。そう。汎後藤説に拠れば、後藤さんはどこにでもいる。なんでもあって、なんでもない。だから、ある種のアニミズム的な宗教論としても、読解可能だ。難解な文章、専門用語で練られた作品世界の中に、少しの笑いと少しの感動があるという円城中短編の常道としても、本書は文句なくお薦めできる。
   
   ところで、そんなことの一切はどうでもよいのだ。要約や構造、中身の理解までもがどうでもよいと思わせるのが円城作品であるといえば、書評者としての責務を全うしていないとの謗りを免れないが、そう非難されるムキがあれば、どうかご容赦いただきたい。

 とにかく、円城を体験することこそが、肝要なのだ。意味が分からなくてもいい。細部が理解不明でもいい。なんかよう分からへんけど、とにかく凄かね~。そう(方言混じりに)感じることこそが、強度ある感染体験(ミメーシス)の証となり、われわれの読書体験を真に充実させる。文系の読書家である私などは、自分が偉くなった気分にさえなれる。
   よく分からないけど、なんだか凄い。
   誰しもが円城作品についてそう呟き続ければそれでいい。細かな解説や引用の出典解題は、大森望氏あたりに任せとけ。
   

 それにしても、早川書房の「想像力の文学」シリーズである。私は前回、たまたま木下古栗の『ポジティヴィシンキングの末裔』を評した者とほぼ同成分のなりをした者であるが、これで連続「想像力の文学」シリーズ推しという快挙を成し遂げたことになる。それだけ良質の作品が刊行されているという証左である。素晴らし
い企画だ。それが単なる個人の好き嫌いにとどまらないあたりは、先ごろ発売された『SFが読みたい! 2010年版』においても、同シリーズの作品が3位、9位、15位、18位にランクインしていることが証立てているだろう。
   イーガン以後、SFが元気だとは言われ続けていることだが、文芸誌その他でもハイスピード高品質で活躍する円城塔氏の存在が、ジャンルにとどまらず、小説界全体の活況に寄与してくれることを、他力本願に願っている。そして、その分からなさに触れ、触れては感染し、彼の、つぎの著書につづく。 
   
  (ジュンク堂書店京都店 小杉悠平)
   
  出版社:早川書房
  書名:後藤さんのこと
  著者:円城塔
  価格:1785円(税込)
 

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