犀川&萌絵シリーズからの一貫したファンである者からすれば、森博嗣は天才であると言ってしまいたい衝動に駆られてしまう。本人は断固否定しているが。今はもうない、ネットで毎日公開されていた日記にその思想の片鱗が窺えるし、何より氏の著作中に出てくる数多の「天才」の造形に触れるにつけ、天才は天才を知る、のだとしか思えなくなる。真賀田四季がその代表であるが、今作の主人公、喜嶋先生も、負けず劣らず魅力的な天才型の人物である。
元は『まどろみ消去』所収の短編にある。しかし私はそのことを全く忘れていた。気付いたのは、ラスト近くになってからの既視感からだった。どこかで読んだ展開だなと思ったら元があった。それでも、全くこの長編の魅力は減じていない。むしろ、短編では描かれないエピソードや思想が盛り込まれている分、より喜嶋先生と主人公の魅力が際立っている。そう。自伝的小説、と帯にもあるとおり、この作品の主人公である僕は、作者本人を思わせるところもある。そして、この主人公もまたたいそう魅力的で、天才含有率が高いと思わせるのだ。
ざっくばらんに言えば、理系研究者の日常の観察という趣がある。読みやすいし、一般的には馴染みのない世界とはいえ、だからこそ興味深く物語や登場人物に惹かれる。
本格ミステリとして森博嗣を体験していた私であるが、氏の言明により、ミステリの定義が拡張更新されたと感じている。殺人がなくともトリックがなくとも、例えば意外な謎や展開があれば、そして驚きがあれば、それは広義のミステリと言えるのではないか。氏はそう提起した。もともと、人の死なない「日常の謎ミステリ」というカテゴリは存在していたものの、森氏のある種の作品、特に短編は、そうしたものとも異なっている。
この小説も、ミステリではない。しかし、ミステリでもある。 最後まで読めばわかる。多くは語りたくない。 しかし、読後は大いに語りたくなる。何かをしたくなる。 読者がそれぞれに感じる衝動、世界観が少しだけ変わる感覚。 それもまたミステリ。 そのことが嬉しいし、森ミステリのやめられないところだ。 出版社:講談社書名:喜嶋先生の静かな世界著者:森博嗣定価:1680円(税込)ISBN:978-4-06-216636-2
(ジュンク堂書店 小杉悠平)
当ブログの記事へリンクを張った方はトラックバックをどうぞ。ただし、当ブログの編集スタッフによって事前に確認した後で掲載します。基準は<トラックバックに関する編集方針>をお読み下さい。
売れ筋の本からマニアックな専門書まで、本のことを知り尽くしている書店員さんがオススメの本を紹介する読書日記。書評だけでなく、時には誰も知らない書店の裏話などが聞けることも!?読書好きな人必見のブログです。