「どんな小さな書店にも、必ず在庫されるべき名著。」学生時代、アルバイト先の書店でそう教わったと記憶している。
人に書籍を薦める際はしっかりした内容のものを、と常日頃考えている。だから、評価が定まっていて、なおかつ個人的にも興味のあったこの書籍を選んだ。
アウシュヴィッツ強制収容所は、専門用語で「限界状況」を指す。人間の力や、科学の力をもってしても克服できない、死と隣り合わせの状況である。ユダヤ人である、ただそれだけで、強制的に連行され、ごく僅かな食事しか与えらない。そして、動ける者は重労働、そうでない者はガス室に送り込まれ、ゴミのように処分されるといった悲惨なもの。ユダヤ人である著者のV.Eフランクルは、アウシュヴィッツ強制収容所の体験者だ。自身が強制収容所に身を置きながら、他の囚人と同様にひどい仕打ちを受けながら、精神医学の専門医として、客観的に状況を観察し、囚人が収容されてから解放されるまでの心を記録し続けた。「限界状況」をいかにして乗り越えたか、どんな人間が死に、生き抜いたのかの報告を、読者は受けることになる。
読み進むうちに、アウシュヴィッツの「限界状況」は、誰しもが各々の「現在自分自身の置かれている状況」へ置き換えが可能なことに気がつく。多くの人に読まれているこの書籍の肝は、そこにあるのではないだろうか。
アウシュヴィッツはひとつの社会的な環境である。その中で、多数の者が死んだが、生き抜いた者もいた。数の大小ではなく、確かに存在した。環境が生死をわけたのではないという事実が提示される。自分自身の内的な、心の生と死が問題となっている。私たちは、しばしば「現在自分自身の置かれている状況」について嘆く。例えば、職場においてモチベーションを失っているとする。景気が悪い、会社の方針に納得がいかない、上司や同僚の協力がない…。それは、すべて環境のせいにしていると言うことができないだろうか。内的な死は日常に溢れている。
「では、どうすれば解決し、生きられるのか。生き抜く人間とは」その問いに対する答えがこの書籍の中にある。それは教えられなくても、誰もが既に知っていることかもしれない。しかし、何度も確認の必要があるはずで、その都度役立つはずである。
蛇足になるが、書店人は、書籍を見ると、よりわかりやすく、多くの人に読まれるにはどのジャンルに分類し、陳列すべきかを考える。この「夜と霧」に関しては、一般的には、心理学のジャンルに定着し、陳列されているが、ノンフィクション、歴史、自己啓発本、どこにあっても不思議ではない。日々の書店業務の中で、ジャンルの分類に悩むもの程面白い書籍であった印象が多い。またそういった本がロングセラー、定番商品、名著となり、ひとつのジャンルを作ってきた歴史に思いを馳せる。これから先も、そんな書籍が生まれ続けることを願うばかりだ。
(ブックファースト池田店 雲出 一樹)
ヴィクトール・E・フランクル 『夜と霧 ドイツ強制収容所の体験記録』みすず書房
当ブログの記事へリンクを張った方はトラックバックをどうぞ。ただし、当ブログの編集スタッフによって事前に確認した後で掲載します。基準は<トラックバックに関する編集方針>をお読み下さい。
売れ筋の本からマニアックな専門書まで、本のことを知り尽くしている書店員さんがオススメの本を紹介する読書日記。書評だけでなく、時には誰も知らない書店の裏話などが聞けることも!?読書好きな人必見のブログです。