河村常雄の劇場見聞録

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●シェークスピアのセールスマンに
Photo_9 <聞>よみうりカルチャーでは5月31日(月)、シェークスピア全訳で知られる文化功労者の小田島雄志・東大名誉教授を講師に招き、「シェークスピアの愛」をテーマにした公開講座を開く。講座を前にシェークスピアについて聞いた。

――先生とシェークスピアとの出会いは。
 「出会いにはふたつのアプローチがあったと思う。ひとつは英文学的アプローチ。私は文学部英文学科にいたので大学で教えられたシェークスピアがある。もうひとつは学部の時代に詩人になりたかった。同人雑誌を出したりしていた。しかし、詩が書けなくなった。簡単にいうと才能がなかったのだけれど、そのとき芝居なら書けると思った。大学院になって、劇作家になろうと思ってシェークスピアをきちんと読んだ。私の中では学問的に研究するというより、芝居を書くために勉強していたといった方がいい。その方が勝っていたと思う」
――意外なことから始まったのですね。
「自分で芝居を書こうという山っ気を持ってシェークスピアを読むと、劇作家としてはデタラメだと思うわけです。矛盾もあり、私だったらもっときっちり書くよ、もっとうまく書けると思う。しかし、どうしてもかなわないと思うのは、言葉ですね」
――例えばどういうところですか。
「例を挙げれば、リア王が王国を分割したあと、娘たちの世話になろうと思っていたが追い出されるところ。リアだったらこんな目に遭うはずはない、だから自分はリアではない、一体おれは何者だ、という。すると道化が、リアーズ シャドウ、リアの影法師だと答える。これは私には書けない。簡単にいうと、王冠を戴いていたのがリアの実体である。英語でサブスタンス。王国を娘に分与して失うと影法師、シャドウに過ぎないという。もうひとつ、リアが狂乱のあまり嵐の荒野をさまよい歩いているとグロスター伯の嫡男エドガーに会う。気がふれた乞食に身をやつしている。それを見ていう有名セリフだが、人間衣装をはぎ取れば、哀れな裸の二本足の動物に過ぎない、という。リアの初めての人間認識だと思う。自分が王冠を外して初めて認識したわけです。そうして振りかえると、道化の言ったリアーズ シャドウというのは、王冠を戴いている方が影であって、哀れな裸の二本足の動物が人間の実態であることをリアは認識するんです。そこで道化がいった、影法師だよというのは二重の意味を持つ。鏡を二枚立てた中に立って、表と裏の両側から反射されて、表と裏の両方から照らされたということになる。すごいせりふであって、私には書けないと思った」
――なるほど、心に響くせりふですね。
 「もうひとつ、マクベスは睡眠中の王ダンカンを殺した。城中に大きな声が鳴り響いた。要するに幻聴が聞こえる。『マクベスは眠りを殺した、もはやマクベスに眠りはない』という。不眠は不安の象徴だろうが、眠っている王を殺すことは、眠りを殺すことになる。これもすごい言葉です。こういうのが書けないと一流の劇作家になれない。だったら私はシェ-クスピアのセールスマンになろう。大学院で早くも劇作家志望をやめたのです。これがシェークスピアとの出会いです」
(写真は小田島雄志)=つづく

       ◆
特別講座:「シェークスピアの愛」
講師:小田島 雄志 東大名誉教授
日時:2010年5月31日午後1時30分~3時
会場:よみうりカルチャー荻窪
受講料:会員2,100円、一般2,415円
  〒167-0043杉並区上荻1-7-1 JR荻窪駅ビル・ルミネ6階
   電話03・3392・8891

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 <見>歌舞伎や能楽、文楽、邦楽、舞踊、そして新劇、ミュージカルなどあらゆる分野の劇場公演の中から、「面白い!」と思ったものを紹介します。従って、褒め上げる記事ばかりです。 <聞>出来るだけ、出演者やスタッフに「面白い!」わけを聞き、紹介します。

河村 常雄

 1973年入社。水戸支局、整理部(現・編成部)の後、学生時代より歌舞伎に興味を持っていたことから芸能部(現・文化部)に移る。演劇担当、デスクを経て、専門委員。この間、文化庁芸術祭・芸術選奨の演劇部門審査委員、鶴屋南北戯曲賞選考委員などを歴任。現在、読売日本テレビ文化センター勤務。著書に「かぶき立ち見席」(演劇出版社)。

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