河村常雄の劇場見聞録

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2月大歌舞伎座評

2010年2月10日

<見>十七代目中村勘三郎の二十三回忌追善公演である。名優が桜とともに、昭和という時代とともに逝った日、悲しみの子息・勘九郎が幼いわが子・七之助の手を引いて国立小劇場の舞台に向かう姿に胸打たれた。あれから22年。父を亡くし劇界の孤児と思えた勘九郎は十八代目勘三郎となり、今ではコクーン歌舞伎、平成中村座と夢を次々実現、歌舞伎界の大看板である。
 勘三郎の役々を追う。
「俊寛」は十七代目が亡くなる年の1月に演じ、途中から当代が代役を務めた。先代最後の舞台となった因縁の役である。千鳥(七之助)たち若い人を赦免船に乗せ、自らは身代わりとなって一人絶海の孤島に残った俊寛。これまで巌頭で派手に手を振り別れを惜しんだが、今回は比較的早く座り込み、諦観の体。勘三郎俊寛が、一段深くなった。
 「ぢいさんばあさん」の下嶋は、主人公の伊織・るん夫婦(仁左衛門・玉三郎)にしつこくからみ、2人に長き離別を余儀なくさせる脇の敵役だが、いい味を出した。完全な悪者ではないという解釈で、舞台を引き締める。仁左衛門・玉三郎が作りだす、見た目も美しい夫婦愛に絶妙のスパイス。これぞ、御馳走。
 「高坏」は、 高坏を知らないため高足売(橋之助)に高下駄を買わされてしまう次郎冠者。下駄のタップダンスも軽快に、松羽目物らしくおおらかに笑いを取る。
「籠釣瓶」は花魁・八ツ橋(玉三郎)に愛想づかしされ、名刀・籠釣瓶で多くの人を殺める佐野次郎左衛門。吉原の見染めで、小心な田舎者であることを出し過ぎるのは、いかがなものか。後に遊里で散在する大商人であるから。ただし、「宿へ帰るのがいやになった」で、ぐっと気合いを入れる。地獄への坂道を転げ落ちる起点が鮮明になっていい。醜い顔の男の屈折した心理は、情味も加わり、この役者ならではのもの。怨恨を迫力で見せる。玉三郎の花魁道中の美しさは、「宿に帰りたくない」別世界に誘う。
 ほかに「爪王」は勘太郎、七之助、錦之助、彌十郎で民話劇風舞踊劇。「壷坂」は三津五郎の沢市、福助のお里で心温まる霊験記に。「口上」は芝翫中心に幹部総出演で先代勘三郎をしのぶ。
3日所見。
――25日まで。
 

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 <見>歌舞伎や能楽、文楽、邦楽、舞踊、そして新劇、ミュージカルなどあらゆる分野の劇場公演の中から、「面白い!」と思ったものを紹介します。従って、褒め上げる記事ばかりです。 <聞>出来るだけ、出演者やスタッフに「面白い!」わけを聞き、紹介します。

河村 常雄

 1973年入社。水戸支局、整理部(現・編成部)の後、学生時代より歌舞伎に興味を持っていたことから芸能部(現・文化部)に移る。演劇担当、デスクを経て、専門委員。この間、文化庁芸術祭・芸術選奨の演劇部門審査委員、鶴屋南北戯曲賞選考委員などを歴任。現在、読売日本テレビ文化センター勤務。著書に「かぶき立ち見席」(演劇出版社)。

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