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陸前高田市の広田保育園。ウクレレを手に訪れたのは、小津智一さん(39)。父親の育児参加の大切さや楽しさを伝えるため、各地で絵本の読み聞かせなどの取り組みを行っている「NPO法人ファザーリングジャパン」の理事で、この日ははるばる福岡からやってきました。
2児のパパでもある小津さん。子どもの扱いはお手の物。軽やかにウクレレを奏で、 歌うような、そして時に優しく、時に強く、緩急つけた語り口で絵本「3匹のヤギのガラガラドン」を読み上げていくと、たちまち子どもたちはくぎ付けに。本格的な冬を迎え、凍てつくような寒さに包まれた被災地の保育園に、優しい音色と園児たちの元気な笑い声が響き合っていました。
「どんな絵本を持ってくるか悩んだんですが、やっぱり子どもたちに元気を与えたいと 思って、選りすぐりの”笑える絵本”を持ってきました」と小津さんもニッコリ。「今後も是非、こうして被災地を訪れたいですね」と話しておられました。
 この日は他にも、同じく福岡から訪れた、情報誌「子づれDE CHA・CHA・CHA」を発行している株式会社フラウの山形美香子さんが、いちごの絵本の読み聞かせを行ってくれたりもしました。
「震災以来、全国から、たくさんの方々の支援を頂きました。”応援が力になった”などと試合に勝ったスポーツ選手などがよく言いますが、その言葉を本当に実感しています。皆さんにはなんとお礼を申し上げてよいか分かりません」と話すのは園長の藤倉啓子先生。
「昨年秋頃には、愛知県に住む98歳のおばあちゃんから手編みの毛糸の帽子が届いたんです。自分のボケ防止のため、なんて冗談っぽいこともお手紙に書いてありましが、こちらの寒さを心配し、編んでくれたんですよね。それに北海道のご夫婦は、ハサミや洗濯ばさみ、ハンカチや靴下など、日常生活の中でふと必要になるものをたくさん詰め込んで送ってくれました。そのご夫婦は一度、車でわざわざこちらまで足を運んでくださったこともあるんですよ。 そういうお一人お一人の温かいお心遣いが本当にうれしくて」。園長先生は涙ながらに話してくれました。
「震災から10か月。子どもたちも、保護者の方々も、見た目には落ち着きを取り戻していますが、震災の記憶からか、調子の良くない子どももいますし、未だに仕事を失ったままの親御さんもいらっしゃいます。大変な状況は続いています」。
この広田保育園、ちょっとした高台にあるのですが、津波で床上30センチくらいまで浸水しました。園児たちは先生や隣接する中学校の生徒たちと一緒に裏山の斜面をよじ登り、津波から逃れたそうです。
幸いにも建物の大きな損壊はなかったのですが、海水に浸ってしまった机やイス、遊具などは、職員のみなさんがひとつずつ洗い、消毒を重ねたそうです。
その甲斐あって、すっかりきれいになった保育園ですが、津波の被災エリアでもあることから、将来的には高台移転をしなくてはなりません。現状はあくまで仮設ということになり、この場所における復旧工事の費用などは、多くが園の自己負担だそうです。「その費用をどうするか、正直、大変なんです・・・。裏山の斜面にも、きちんとした避難道も作りたいのですが、いずれ移転となると、行政もなかなか動いてくれなくて・・」。
高台移転の計画があるものの、具体的にはまだあまり決まっていません。
「生活は落ち着いてきた。でも復興は、まだまだ遠い」。そんな声がいくつか聞こえてきました。
広田保育園も、一歩外に出れば、がれきこそ大半が片づいたものの、津波で家々が流された空き地が広がり、大破した防潮堤はほとんど手つかずのまま。
身を切るような冷たい風が容赦なく吹き抜けていきます。
そんな中、温かい支援、そして子どもたちの元気な笑顔が、懸命に生きる人たちの心を温めています(鉄)
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